和商コーポレーションの餃子はうまし!

和商コーポレーションの手作りの餃子は美味しい

我が家の餃子は昔から母の手作りだ。

そして様々な思い出がある
現在は冷凍やチルドの餃子もおいしいが、私が幼き頃はこれは肉?なのかと思って本当に好きではなかった。

なので、母がチルドのを買ってきて焼いているをの見ると「お母さんの手作りのが美味しい。」とよく拗ねてしたものです。

母の餃子は皮は市販のもの。

母が大好きだった和商コーポレーションの餃子の皮に近いものを使っている。

・・・お酒の肴「和商の塩辛」が人気の和商コーポレーション

キャベツ、ニラをみじん切りにし合い挽きミンチ、ショウガとシンプルなもの

キャベツ、ニラをみじん切りにし合い挽きミンチ、ショウガとシンプルなものだが、アラフォーになった今でもバクバク食べれるあっさり味。

我が家は昔は6人家族と大人数だったためよく母とテレビを観ながら餃子の肉詰めをしていた。

つい数年前まで姉もまだ嫁がず祖父母が健在だったのでその頃の習慣が抜けず母は現在は3人家族なのに昔より少しだけ減らした量を作る。

他の料理で鍋を見ながら「半分の人数になったのだから量減らそうよ。食べきれないよ」と何度か注意したら最近では3人分になりたまに襲撃しにきた姪っ子にご飯を食べさせたら自分たちのご飯が無いということもある。

だが餃子だけは姉も好きで母が作ったら近隣に住んでいる姉家族に持っていき我が家はホットプレートで焼いて熱々をそのまま頂くという、贅沢な事をしているので昔の大人数の頃と作る量が変わらない。

そして時々本格的なギョウザを家で食べたくなり皮から自分で作った事もあり。

ちゃんと強力粉と薄力粉を熱湯で捏ねて、生地を休ませる。

餡もちゃんと作り。早くから包んでしまったら皮がクタクタになってしまうので食べるギリギリに包んでホットプレートで焼き熱々を食べる!と楽しみにしていたのすが、現実は相撲を観ながら父は晩酌。

母も同じくお茶を飲みながら。そして私、必死で皮を丸め伸ばす。

時々打ち粉が足らない場所がくっついて慌てる。

どうにか皮が完成。

餡を包みながらまた引っ付かない様に打ち粉をする。

その間、父母同じテーブルに居ながら相撲観戦。で微動だにせず。

夕飯の時間が過ぎているのなら兎も角、まだ父は毎日の様に夕飯前から晩酌をしているので理解出来るが、いつもなら違う用事をしているか居間でドラマの再放送を見ている母が今日に限って父とも私とも会話をせずにぼ~とお茶飲んでるため体調が悪いのか?聞いたら「別に」と返事が帰ってきたので思わず「ならばせめてホットプレート出して!食べるんでしょ!ギョウザ!!」と「いやアンタが作ってるの邪魔したら悪いかと思った。」

邪魔じゃないから手伝ってくれ。

目の前に夕飯をお預け状態にした親二人いたら焦るから。

とイライラとしながらも出来上がったギョウザ頑張った甲斐もあって親も喜んで食べてくれたのは幸いです。

でもあれだけプレッシャー掛けられたのがいまだに謎。

本当に印象深い忘れられない思い出

そして本当に印象深い忘れられない思い出がある。

夏に親戚の子が遊びにきてまだ一歳の子と一緒に作ったら余程楽しかった様で私たちと会うと必ずその時の話をして大喜びをしていた。

それから10年以上の月日が流れ姉に子供が出来あとひと月で出産という時に姉夫婦が我が家からギョウザをもらいホットプレートで焼いて食べよう!とした時にまさかの破水。

私はその日、休日出勤をし帰宅してお茶を飲みながら一息をいれてさて、夕飯を食べよう!としていた所に滅多に鳴らない家の電話が鳴りこれまた滅多に電話に出ない私が応対したら姉から

「破水した。ダンナさんはギョウザを食べようとビールを一口飲んだ。病院連れて行って。」
その時、テーブルにつきすでにギョウザをつまみに父が焼酎のお湯割りを一口飲んだ後。

なぜよりにもよってこの二人はギョウザの前にアルコールを既に飲んでいる!?と思いながらその日アルコールを飲んでいなかったのは私一人だったので、動転しながら母と姉宅へ向かい病院に向かいました。

一番、落ち着いていたのが姉で「あぁ、母さんのギョウザ食べれんかった。」

母の餃子を楽しみにしていた

それは私も一緒だ!ゴールデンウィークの最終日に嫌々出勤して、自分へのご褒美を楽しみにしていたのに。

車を運転しながら「ちゃんと無事に姉を病院まで連れて行かなけれな。動転して事故を起こさぬようにしなければ」とか「車中で本格的に産気づいたらどうしよう。」とか「この車まだ新車で破水とは出産で血まみれになったらどうしよう。」とか「もしシートが血まみれになったら姉夫婦、父親に車のクリーニング代請求しよう。無理!」とだんだん人でなしの考えに陥っていってました。

これもそれも姉の「ギョウザ食べ損ねた。」発言で気が動転はしていたけど深刻に受け止めてなかったせいだと思う。

二日後に姉は小さいけども元気で泣き声の立派な女の子を出産しました。

この後も何かにつけ
「産気づいたときに食べ損ねたギョウザ。美味しいと聞いてわざわざ買いに行ったのにプリン腐った。」

プリン、高齢出産でもういつ生まれるかも。て言ってたのにプリン態々遠出して買いに行ったのかあの夫婦!?

そのお陰か現在三歳の姪っ子はギョウザの皮とプリンが好物です。

あの時、姉があれだけ執着したのはそのせいだったのだろうと今思う。